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【プロフィール】松本賢一 1970年12月2日生まれ
デジタルとアナログの融合を提唱する
「ネットショップ業界のブルース・リー」
2002年に食パンのネットショップを立ち上げ、当時ネットショップが重要視していなかったアナログ戦略を立ち上げ当初から行いリピート率80%を記録。
10年間におよぶ演劇活動の中で、役者・演出家として鴻上尚史、高橋いさを、横内謙介、北村想、ケラリーノ・サンドロビッチなどの作品に携わる。
演劇論を森下昌秀氏、南条好輝氏に、ダンス理論を中川誠氏、宅原浩一氏に師事。
演劇的な視点とコンサルティングの実践を通して独自のビジネスカウンセリングのスタイルを確立。
従来の「心が強い人のための成功哲学」に疑問を抱き、新しい切り口として、実践的で日常に役立つ
セルフコミュニケーションの技法を紹介。
「こうやれば儲かる」といったノウハウ主体の押しつけコンサルティングではなく、クライアント一人一人の考え方や本心を核にした「本質型の知恵」を構築することを得意としている。
メルマガなどのデジタル系のツールに精通しているのはもちろんのこと手書きのニュースレターやはがきでのお礼状作戦など様々な実践を通じて得た知識を顧問先にフィードバックするそのスタイルは、机上の空論ではない「生きた」コンサルティング手法として定評がある。
「うりうり教習所」(大阪産業創造館主催)などの、数多くのセミナー講師として携わってきました経験と実績をもとに、「売れる」「儲かる」という視点で引き合い確実な、ホームページ、ネットショップ、オンラインショップを構築していきます。
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラーとしてメンタル面でのサポートにも力を注ぐ。
豊富な演劇経験をベースに講演研修活動他、各団体でゲスト講師として活躍中。
物事を頭だけで理解するのではなく、身体を使って実感する「体感体得型ワークショップ」が好評。 |
| ■松本の経歴 |
1994年

右が松本。イリジー岡田ではありません。
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大阪工業大学工学部建築学科卒業 そのままモラトリアムで大学院進学
同年7月14日、土建業を営む父親が4,200万円の負債を残し、蒸発。6SLDKの家から、築30年のボロボロのマンションに引っ越し。
母一人、子一人状態になり、ヤミ金の金利だけで月60万円という想像を絶する事態を迎える。血便を吐き、親子心中の一歩手前まで行くが、「クソ親父のためになんで死ななあかんねん!」と逆ギレして、奮起。
幸運にも株式会社PBシステムズの専属トラックドライバーとして契約。
学業そっちのけで、早朝3時に起床して2トン車を転がす、トラッカーに。
周りの助けもあり、親子二人で暮らしていけるメドがたつ。 |
1995年 |
阪神大震災で、ボロボロのマンションが半壊しさらにボロボロに。
親子共々、5時46分には仕事をしていたため、事なきを得たが、全壊に近い半壊のため、小学校で半年間の避難所生活を送る。
配給があったため、飯代が浮いて大助かり。
そんな時期に、大学から学費納入を迫られ、学生課に抗議(ケンカ?)しにいく。
「関西学院では被災者は学費免除やのに、この大学は被災者から金取るんか!」
と猛烈な抗議の末、特例中の特例で学費が半額になる。(それでも半額かい!)
兵庫県、尼崎市などからの義捐金を集めて、学費納入。
このころ、トラック運転手に加え、家庭教師3件、大工、カーエステ事業、コンビニ、など、大学院は週に一回程度で、一日平均16時間働く。
月収は60万円ほどになる。ボロボロのアパートから新築の仮設住宅へ!
2年半の仮設住宅住まいのため、家賃要らず。その分をコンピュータ購入に投資する。 |
1996年

修士論文が10ページにわたり、引用される。
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大阪工業大学大学院工学部建築学専攻科修了(都市計画)
修士論文は「兵庫県南部地震における避難拠点の空間構成と避難生活の実態に関する調査研究」という、一見難解そうなテーマだが、なんのことはない、建築とは名ばかりの、被災者が食べているパンの種類や、炊き出しの内容、入浴は週に何回か、など生々しいデータ収集を行う。
現地調査で被災者から煙たがれるが、「俺も被災者じゃ!ありがたく答えろ!」と横柄な態度で被災地を闊歩する。
トラックドライバーを辞め、 画像処理会社に入社。
画像処理業務に従事。
居眠り、残業多しで、会社のコスト増大に多大なる貢献をし、週休3日制が廃止されると同時にたった10ヶ月で退職。 |
1997年 |
ソフトウェア開発会社に入社 コンピュータソフトウェアを使った生産管理業務に従事。
借金返済のために、サラリーマンながらインターネットで仕事を取り始め、一ヶ月に2回は休むようになる。
SOHOの仕事が忙しくなったのと、Windowsばかりの環境に嫌気がさし、プログラムの基礎を学んで8ヶ月で退職。 |
1998年 〜2000年 |
フリーランスとして独立 ネットワークインテグレーション関連会社と契約 ネットワークを利用した大規模なシステム管理、開発に従事。
現状の殆どの技術を習得する。 |
2001年

お金がなくて、髪の毛をカットすることが
できない時代もありました
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株式会社ジェイグルーブネットワークス設立。
教員向けのパッケージソフトを開発・販売。
ところが、これがまったく泣かず飛ばずで、日銭を稼ぐために、しかたなく、母親が宅配をしていた食パンをインターネットで販売し始める。 |
2002年

必死のパッチのコスプレ姿、その1。
もじもじ君
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4月楽天市場にパンのお店を出店。半年して徐々にお客様がつき始めたのをきっかけにお客様と接する楽しさを実感。売上ではなく、どれだけお客様の心に近づけるかをいつも気にかける。
そのため、格好をつけずに、お客様を楽しませるために、あらゆることにチャレンジ。特にコスプレ姿は、一部の熱狂的なファンから圧倒的な支持を集める。
このころから、販売のノウハウを活かし、プロデューサー業を開始。
携わったページ制作事例20社を突破。
しかし、会社の安定にはほど遠かった。 |
2003年

必死のパッチのコスプレ姿、その2。
ブルース・リー
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懸賞で見込み客を集め、怒濤のようにメルマガを書き、季節に応じた販促を行い、毎日、「どうすれば買ってもらえるか?」ではなく、「どうしたらリピートしてもらえるか?」を考え続けた。
そのため、積極的に顧客とのコミュニケーションを図ることに注力。メール、電話、FAX、葉書、メルマガでお客の心をつかんだ。
ネットショップを何とか必死のパッチで、頑張ってきた結果、
パンの売上げ月商320万円を達成。
この頃から、楽天ランキングの上位に名を連ね始める。
しかし、利益率が低いため、売っても売ってもなかなか潤わない。
ページ制作事例が45社を突破。顧問先5社。 |
2004年

土日を利用してホテルの配膳のアルバイト。

マーケティング集団「男組」でのふんどし姿。
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プロデューサー業を本格化する。
ページ制作事例が70社を突破。顧問先13社。
会社の安定へ、あと一歩の所まで来る。
土日を利用して、帝国ホテルで配膳のアルバイトを行い、自らの給料分をまかなった。
日本ひもの産業の秋武政道氏にマーケティングを師事。
日々、マーケティング漬けの毎日を過ごす。 |
2005年

セミナーでは「分かりやすい」
「伝え方が優しい」との評判です。
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大阪産業創造館「うりうり教習所」の講師として、登壇。以降、メイン講師として活躍。担当した講座は「メルマガ・販促」「セキュリティ」。
「うりうり教習所」でのべ500人以上、すべてのセミナーをあわせると2000人以上にネットショップの楽しさを伝えていくことになる。
「うりうり教習所」とは、日本全国の自治体や商工会がモデルにするITを使った地域活性化のための産業創造プログラム。
ページ制作事例が75社を突破。顧問先15社。 |
2006年

コンセプトメイキングシート。
多くの疑問と経験から生み出されたシートは、
他とは違うホームページを作るときに
必ず役に立ちます。
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制作した会社から「ホームページから、どうやったら売り上げが上がるの?」と質問が相次ぐようになる。
地を這うようなネットショップの経験則をもとに、ネットショップのコンサルティング業を開始。
商品を陳列しているだけでは売れないことを肌で実感しているため、ホームページ制作を依頼してきた人に対して、「なぜホームページを作るのか?」という根本的なコンサルティングを行う。
制作のプロとして、何度もミーティングを重ね、クライアントの想いを引き出し、それを分かり易いメッセージに落とし込んだホームページ制作となる。
また、ターゲットとするお客を意識した構成と配色も心がけた。
「売り手の想いを伝えれば、売れる」。
食パン販売の経験から学んだことを、実践。
日本メンタルヘルス協会研究科修了。公認心理カウンセラー。 |
2007年

マウイにて、アランと松本。
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「これで、お客に伝わる!売れる!」と自信をもってプロデュースしたあるホームページにおいて、全く売り上げがない。資料の請求もない。注文のFAXも電話もない・・・。この現実に頭を抱える。
「売り手の想いを伝えるだけではだめだ。一体どうすれば売れるのか・・・」。
その試行錯誤の段階で、アラン・コーエン氏との出会いにより、メンタル面を重要視する大切さを学び、マーケティングのテクニックと心のメンタル面の両方のバランスを図ることこそ、成功のもっとも大切な要因であると悟る。
以後、生きる上において「陰と陽」のバランスをとることを信条にしている。
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2008年

コンセプト作りのセミナーのワンシーン。
分かりやすい口調と体感型のワークショップは
いつも人気があります。
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ネットショップのコンセプト作りとメンタル面との結びつきを分かりやすく書いた、「御社の「売り」を小学5年生に15秒で説明できますか?」が祥伝社から1月に「発売。
通常、デビュー作であれば初版5000部からのスタートにもかかわらず、12000部でのデビューは異例中の異例。祥伝社の小川編集長が「これは売れる!」と判断した結果、コンスタントに売れ続けている。
この本をきっかけに、「コンセプト作り」の重要性が認知され始める。
さらに多くの雑誌社や各地の商工会議所から執筆依頼・セミナー・講演が殺到。現在に至る。
【執筆・出版】
5月「コインの法則」発売(サンマーク出版)
6月「お客の心に響くメッセージの生み方」発刊(商工にっぽん)
7月「SEOSEM Vol.5」より執筆開始
9月「商業界 10月号」執筆
10月「ネットショップの達人養成講座」発売(翔泳社)
【セミナー・講演】
IT気づきセミナー 徳島商工会議所(徳島)
大阪産業創造館 うりうり教習所(大阪)
創業&マーケティングセミナー 徳島商工会議所(徳島)
倉敷つくぼ商工会「電子商取引スキルアップ講習会」(岡山)
鯖江商工会「WEB活用経営革新塾」(福井)
「e-ネットあがの塾」新潟水原商工会(新潟)
甲州市商工会議所(山梨)
朱鷺市(新潟)
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| ■取材・マスコミ |
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朝日新聞2009年2月1日号「縁」に登場
ネット版はこちらからお読みいただけます(要会員登録) |
日刊ゲンダイ2004年3月24日号「ネットショップ成功者たちの知恵と実力」に登場 |
THE212003年10月号「 「奇跡」の販促術」に登場 |
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・大阪産業創造館主催
【広報編】御社の売りを小学5年生に15秒で説明できますか?」
・新潟県 水原商工会主催
e-ネットあがの塾
・メディアネットジャパン:主催
繁盛ネットショップをつくるコンセプトメイキング(東京・大阪)
・草津商工会議所主催
「経営安定対策セミナー電子商取引と企業における対応策」
・近江八幡商工会議所・東大阪商工会議所・明石商工会議所
「企業防衛セミナー電子商取引の急成長と企業のセキュリティ対策」
・西宮商工会議所
「IT革命に対応するマナーとマーケティングの基本」
・インターメディアフォーラム2000
「日本のITベンチャー VS アジアのITベンチャー」
・IFプランニング
「あなたの想いが売上を作る」
・大阪産業創造館「うりうり教習所」
メールマガジン・イベント活用講師
知らなかったでは済まされない「ネットショップのリスク」
・尼崎市水道工事業協同組合
・滋賀県商工会連合会
・滋賀Eビジネス道場
・宝塚商工会議所 ネットショップビジネススクール
・(財)福井県産業支援センター オンラインショップ運営実務
・横須賀ネットショップビジネススクール
・奈良県商工会連合会 ネットビジネス講座
・財団法人わかやま産業振興財団
やる気経営塾 ネットショップ開店セミナー
・柏崎商工会議所 経営革新塾
・徳島商工会議所「IT気づきセミナー」「IT研究会」
・鯖江商工会議所
・甲州市商工会
・つくぼ商工会
他、多数..
※企業様でのプライベートセミナーは省略しています。


書き込んだら売れた!売れた!売れたんです!
【プロが使う・書き込み式】「ホームページコンセプトメイキングシート」
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涙が出そうになりました : 「ワークショップの時に、身近な人へのラブレターを書く、というものがありました・・・」 |
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売上に直結するアドバイス:多くの会社が断片的で偏った知識を元にインターネットを利用しています。正しい知識と的確な戦略で数多くのページ制作に携わってきたプロデューサー、松本が売上に直結するアドバイスをいたします。 |
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ネットで全国に対応可能。
北海道,青森,岩手,秋田,宮城,山形,福島,神奈川,埼玉県,千葉,東京,茨城,群馬,栃木,静岡,愛知,三重,岐阜,新潟,長野,山梨,石川,富山,福井,京都,大阪,奈良,兵庫,滋賀,和歌山,岡山,広島,鳥取,島根,山口,愛媛,徳島,高知,香川,福岡,佐賀,長崎,大分,熊本,宮崎,鹿児島,沖縄 |
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